米中の覇権争いがあらたな分野に移っています。それが「量子技術」ですが、産業競争力に加えて安全保障をも左右する技術として注目されています。
中国は量子技術の開発で米国に迫る
バイデン大統領は3月3日、国家安全保障戦略の暫定的な指針を発表しました。この中で、量子コンピューターや人工知能(AI)が経済や軍事などに広く影響を与えることを指摘し、米国がこれらの分野において主導権を握ることを強調しました。
対して中国も3月5日には2021年からの5カ年計画において、官民全体の研究開発費をさらに増やすことを表明、AIや量子技術をその対象としています。
中国はすでに2016年、世界初の量子通信衛星を打ち上げています。これは解読がほぼ不可能とされる量子暗号を搭載したもので、オーストリアと北京の間で量子通信を成功させました。
この時点で中国は、通信暗号技術において米国をリードしていると言えます。
量子技術とは何か?
ここで量子技術について簡単に説明します。量子技術とは量子力学における性質、「量子もつれ(あるいは量子重ね合わせと呼ぶ)」などを量子コンピューターや量子暗号などに役立てる物理学と工学のあらたな技術分野です。
「量子もつれ」とは2つの粒子(光子や陽電子など)が強い相関関係にあり、このふたつがあたかもコインの表裏のように共有する状態を意味します。
この量子もつれを利用することで、たとえば従来のコンピューターよりもはるかに高性能な「量子コンピューター」を構築できるとされています。従来のコンピューターは0と1のふたつのデータを扱いますが、量子コンピューターはさらに「同時に0でも1でもあり得る状態」を扱うことができます。
この状態にある量子を利用することで、膨大な数の「起こりうる結果」を同時に処理できるようになります。その結果、従来のコンピューターよりもはるかに高速で、複雑な問題を処理できるというわけです。
世界各国の量子コンピューター開発動向
各国政府は量子コンピューターの開発を進めています。その動向は次のようになっています。
米国
2018年12月に"国家量子イニシアチブ法"が成立し、以降5年間でおよそ1400億円を投資
中国
"科学技術イノベーション第13次5ヶ年計画"により2016年から2020年にかけておよそ1200億円を投資
EU
2018年より"Quantum Technology Flagship"を開始し、10年間でおよそ1250億円を投資
日本
2020年1月に国の指針として"量子技術イノベーション戦略"が決定し、10年間で200~300億円を投資予定
量子技術の開発がもたらすこと
量子技術を応用した量子コンピューターや量子通信を用いることで、次のようなことが可能になります。
- 自然災害の事前予測(地震や火山の噴火を事前検知)
- 自動車の完全自動運転化
- 都市開発シミュレーションによる最適設計
- 画像解析やデータ解析の高速化による医療の自動化
- 金融商品の低リスクによる自動資産運用
中国の量子技術開発の方向性
量子技術はあらゆる産業において、あらたなイノベーションを生み出す可能性を秘めています。その上で、国家間における競争力も高めるものと考えられます。
これは中国が2020年10月16日に開催した研究会における、習近平総書記のスピーチからも読み取れます。スピーチのポイントとして、以下のようなものがあります。
- 当研究会開催の目的は、世界の量子技術開発動向を理解することと、中国の開発状況を分析すること
- 量子技術は従来の技術システムを再構築する大きな破壊力を秘めている
- 量子技術の開発は国家安全保障を確保するうえで大きな役割を果たす
- 現状では開発に多くの課題があることを認識し、国際的なリスクと課題にも対処が必要
- 外国の有益な知見に学び、量子技術の開発動向を詳細に分析して課題解決の突破口を見出すこと
- 量子技術分野での国際協力も強化し、国際競争力を高める必要がある。
世界各国が量子技術の開発を急ぐ理由
量子技術の開発は、あらたな技術イノベーションを起こします。そしてそれは、国家間におけるあらたな競争をも生み出します。
たとえば量子コンピューターの実現はインターネットにおける暗号を無力化することも可能です。これは通信の安全性を脅かすことにもつながります。それに対抗するのは同じ量子技術による暗号です。
このような背景により、米国や中国をはじめ世界各国が量子技術の開発を急いでいると言えます。
まとめ
量子技術の開発により、あらゆる産業でイノベーションが起こることが想定されます。それと同時に世界各国の優位性をも左右するものであることがわかります。まだまだ開発段階ではありますが、今後の世界情勢に影響を与えるものとして注視する必要があると言えます。